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五重塔は耐震設計の教科書
五重塔は日本の仏教建築を代表する美しい木造の建築物です。写真は法隆寺の五重塔で、西暦680年頃に建立され、同じ境内の金堂と共に現存する世界最古の木造建築と言われています。
子供の頃、ある雑誌の一こまに、五重塔が地震で倒れないのはやじろべえだからだという一節がありました。工作でやじろべえを作り、どんぐりを指の位置(支点)より十分に下にしないとうまくいかないということを、経験的に学んでいました。五重塔の庇はどこから見ても階の下までは降りておらず、その話はおかしいのではないかと、子供心に思ったものでありました。
それから50有余年が過ぎ、今度は専門家の眼でやじろべえ問題に取り組みました。昨今、関連の図書が出版され(1)、実際の塔について観測、解析が行われ(2)、(3)、大型模型実験の結果も報告されています(4)、(5)、(6)。それらの公開情報をもとに勉強させていただき、検討しましたところ、地震で倒れないのはロッキング運動によって水平方向の地震荷重を鉛直荷重に変換し、剪断力を低減しているからではないかと思うようになりました。五重塔には耐震設計の多くの要素が含まれていて、まるで耐震設計の教科書のようであります。
五重の塔の構造
五重塔は、独立した5つの層が下から積み重ねられた構造をしています。各層が庇の長い大きな屋根を有していること、塔身の幅が上層ほど少しずつ狭くなっていること、中央を心柱が貫通していて、5層の頂部でのみ接していること、5層の頂部に長い相輪が取り付けられ、心柱の先端に被せられていることなど、他の建築物に見られない特徴を有しています(1)。これらの構造的特徴の全てが、五重塔の耐震性に深く関っています。
五重の塔の構造
内部構造と力の流れ
塔の内部を見ますと、各層は軒、組物(柱上にあって軒を支える部分)、軸部(柱のある部分)より構成されています。上層の軸部から柱盤を介して軒の地垂木に伝えられた鉛直荷重は、軒荷重と共に組物に伝えられ、組物の繋肘木(力肘木ともいう)から軸部に伝えられ、そして当該層の荷重と合わせ、下層の軒の地垂木に伝えられていきます。
鉛直荷重の伝達の仕組みは軒、組物(以下、軒・組物部という)と軸部では異なり、軒・組物部ではいくつかの梁(地垂木、尾垂木、繋肘木など。以下、梁等という)を介して、軸部では柱を介して伝えられていきます。したがって、軒・組物部は、梁としてのたわみにより、軸部に比べ、鉛直荷重に対して柔らかい構造になっています。木材には、繊維方向(柱の軸方向)よりも繊維に直角方向の方が圧縮荷重に対して縮みやすい(弾性係数が小さい)という性質がありますので、この性質によっても柔らかさに違いを生じています。
層の構造の詳細
五重塔の振動モデル
五重塔に水平方向の地震力が作用しますと、塔には剪断力と曲げモーメントが作用します。
上層の軸部から下層に曲げモーメントが加えられますと、柱盤を介し、片側には圧縮荷重が、反対側には引張荷重(負の圧縮荷重)が作用し、軸部の面は長方形の形状を保ったまま、軒・組物部が湾曲して角変位を生じます。五重塔は、塔の特徴として幅が狭いため、軒に作用する圧縮荷重、引張荷重が大きくなり、角変位も相乗的に大きくなって、結果として上層の水平方向の変位を大きくします。片側に作用する引張荷重が自重による鉛直荷重を上回るようになりますと、後で述べるような浮き上がりの問題を生じます。
水平方向の剪断力に対しては、組物が繋肘木、通肘木で組まれた剛強な構面をベースにトラス構造をなしていますので、軒・組物部の水平方向の変形量は小さいと判断されます。軸部については、柱から加わる曲げに対する貫、ほぞ(接合部)などの局部の復元力と柱自体の傾斜復元力(梁を支える太い柱が傾斜するには梁を持ち上げる力が必要であって、これが抵抗力となる)が剪断力に対する抵抗力となりますが、柱の背が高くなるとともに局部への負担が大きくなって、平行四辺形の形で変形するようになります。
地震時には剪断変形と曲げ変形の和が変位となって現れますので、5つの層の塔身だけを考えますと、五重塔は並進と回転のばねより成る5質点系の振動モデルで表わすことができます。どちらの変形が支配的になるかは、変位を決定付ける剛性の大小関係によって決まってまいります。
では、実際はどうかといいますと、防災科学技術研究所で行われた5分の1模型の実験のVIDEO(4)を拝見しますと、1層は剪断変形をしているのが分かります。2層以上については、軸部に変形はほとんど見られず、軸部と屋根が一体になってロッキング運動をしているように見えます。よく見ると、屋根は軸部とともに回転しつつ、上層から加わる曲げモーメントによってしなやかに変形しているのが分かります。つまり、各層が下層の軒・軸部を回転のばねとしてロッキング運動をしているようであります。五重塔の振動モデルは、1層は並進(軸部の変形による)のみ、2層以上は並進(同)と回転(屋根部の変形による)のモデルに、さらに単純には、1層は並進(同)、2層以上は回転(同)のモデルで表すことができそうであります。並進を一部(1層)含みますが、ここでは後者をロッキングモデルと呼ぶことにします。
ロッキングモデルに表されるのは、各層が水平方向に剛で鉛直方向に柔な軒・組物部と、鉛直方向には剛で水平方向には柔な軸部より構成されていて、基壇上にあって柱の背が高い1層を除き、曲げモーメントに対する軒・組物部の柔らかさの方が剪断力に対する軸部の柔らかさ上回っているからだといえます。
やじろべえモデル
話は若干逸れますが、ロッキングモデルにおいて回転のばね定数が限りなくゼロに近づきますと、復元力を持たない不完全なやじろべえモデルになってしまいます。完全なやじろべえモデルにするには、屋根の庇を長く低くして重心位置を支点より下げ、重力による復元力を生じさせる必要があります。下方の層ではそれより上の層の重量が屋根の支点の位置に加わりますので、庇の先端位置を相当低くしないと復元力が得られません。理屈の上ではできないことではありませんが、これでは屋根しか見えない五重塔になってしまいます。子供の頃、雑誌の一こまのやじろべえ説に納得できなかったのは、このことでありました。
五重塔の振動モード
地震時には塔身と心柱は連成して振動しますが、塔身が主体になる振動モードに着目した場合、五重塔には5つの主要な振動モードがあります。詳細には解析が必要ですが、1層は剪断系、2層以上は曲げ系として概略の振動モードは類推できます。
1次の振動モードで揺れますと、各層の加速度の方向が同一なため、下方の層に作用する剪断力が大きくなり、倒壊への影響が大きくなります。2次以上の振動モードになりますと、加速度の方向の反転に伴って剪断力が中間で相殺されるようになりますので、倒壊への影響は次第に小さくなっていきます。
振動モードは互いに独立した関係にあって、地震波の周期特性に応じて個別に応答し、全体の揺れはそれらが重なり合ったものとなります。地震のときに各層の屋根が互い違いに揺れるのが見えたという話を聞きますが、おそらく塔身の4次あるいは5次の振動モードで共振していたのでしょう。この状態では、生じている剪断力はわずかです。昔の人は各層がユラユラと揺れる様子を見て“やじろべえ”と表されましたが、まさに言い得て妙であります。
五十塔の振動モード
五重塔の免震・制振機構
五重塔はロッキングモデルに表されたように、軒・組物部が鉛直方向に柔らかい上、塔身の幅が狭く、固有周期が長いことが予想されます。大きな屋根は回転慣性が大きく、長周期化を助長します。もし、1次固有周期が十分に長く、地震波の卓越周期領域を超えるようであれば、地震波との共振が避けられ、倒壊の危険性から免れることになります。
では、五重塔の1次固有周期は実際にどれくらいかといいますと、法隆寺の五重塔(基壇の上から高さ31.5m)で1.25秒、東寺の五重塔(高さ55m)で1.6秒と観測されています。これは常時微動による観測結果であって、振動が大きい実際の地震の時にはもっと長くなるものと思われます。柔構造だと考えてよいでしょう。ロッキング運動に伴って変位と鉛直荷重は大きくなりますが、共振が避けられ、剪断力は小さくなります。層の浮き上がりを生じ始めますと、剪断力低減の効果はさらに高まります。柔構造の要因(軒・組物部の鉛直方向の柔らかさ、幅の狭い塔身、重くて庇の長い屋根など)がロッキング運動に集約されていますので、ここではロッキング運動による免震と呼ぶことにします。
水平方向の地震動によって励振されたときに構造物に入ってくる地震のエネルギー量は、構造物の重量と固有周期によって定まります。曲げ系構造物の場合には、入ってくるエネルギーは回転運動にも消費されますので、その分、並進運動が弱められ、剪断力が低減されます。五重塔は屋根の回転慣性が大きく(3)、この低減の効果が顕著に現われます。ここでは、この効果を大屋根による制振と呼ぶことにします。
入ってくるエネルギーは、剪断力に対しては主に軸部の貫(柱を貫通している)、ほぞ(ほぞ穴に差し込まれている)などの摩擦、変形と柱の傾斜によって、また、ロッキング運動に伴う鉛直荷重に対しては主に軒・組物部の梁等の変形や木材自体の圧縮による変形によって吸収されます。
補助的には、心柱が塔身の1次振動モードなどと連成して先端が相輪とともにホイッピング(ムチのようにしなって大きく揺れる)しますので、ここにエネルギーの一部が集中します。相輪が地震で折れ曲がった例はいくつかあり、塑性変形によってエネルギーが吸収されたことを物語っています。
もし曲げ変形が小さく、剪断変形が主体になりますと、1次振動の固有周期は地震波との共振領域に入り、大きな剪断力が下層に作用し、1層の変形が大きくなって崩壊するなどの危険性が高まります。
層の浮き上がりと落下防止
柔構造によって1次の振動モードが共振領域を外れたとしても、2次以上の振動モードが共振領域に入ることは避けられません。ここで問題になるのが、層の浮き上がり、飛び上がりです。
各層は積み重ねられているだけで、柱盤は下層の地垂木に緊結されてはいませんから、ロッキング運動が激しくなりますと、片側で浮き上がりを生じる可能性が出てまいります。後述の鉛直方向の振動の影響と重なって飛び上がるかもしれません。
2次の振動モードで共振しますと、3層から4層にかけて曲げモーメントが大きくなり、上方の層では上層からの自重による鉛直荷重が小さくなることと合わせ、4層あたりで浮き上がりを生じる可能性が高くなります。防災科学技術研究所の振動実験でも4層が浮き上がったことが報告されています(6)。
層の浮き上がりと飛び上がり
浮き上がりが激しくなりますと、転倒、落下の危険性が生じてまいります。このようなとき、心柱が層の傾斜を抑制し、転倒、落下を防止する働きをすることが期待されます。
4層で浮き上がりを生じ、心柱の支持点である5層頂部の変位が大きくなりますと、心柱が3層の頂部と接し、梃子の原理で変位に対する抵抗力が5層頂部に発生します。心柱の回転慣性は大きく、偶力だけでも抵抗力になるでしょう。心柱は“綱渡りの棒”のようなもので、上方の層がバランスを失ったときに力となり、同層がバランスを取り戻せば再び塔身に身を委ねます。心柱の繋部分に十分な強度が求められますが、鉛直上向きの力に対して抵抗力をもたない積み重ね式の弱点を、心柱が見事に補っています。
心柱による層の浮き上がりの抑制
心柱の役割
心柱が上方の層の落下防止に重要な役割を果たすであろうことは前述のとおりです。心柱が果たす役割について、もう少し考えてみることにします。
心柱が塔身と連成して振動したとき、心柱は曲げ系構造物ですので、地上近くの変位はわずかです。一方、塔身は1層については剪断型であって、1層の繋肘木の位置で変位が大きくなります。したがって、1層の繋肘木の位置で心柱との間隙が小さい場合には、振幅の増大に伴って両者が接触することが予想されます。心柱が基礎から滑らず、心柱を囲う塔身側の木枠が壊れなければ、剪断力の増分のほとんどが心柱にかかるようになり、1層への負担が軽減されます。しかし、これは心柱、心礎、木枠に相応の強度がある場合に期待できることであって、心柱が滑ったり木枠が損傷したりすれば、その範囲のエネルギー吸収効果にとどまることになります。
心柱が1層の天井の梁上に設置されたり、4、5層から吊り下げられたりしている場合には、支持部に相応の強度が必要とされますが、重量増加の分だけ、下層の浮き上がりを抑制したり、水平荷重に対する復元力(太い柱の傾斜復元力)を増す効果が期待できます。
ただし、吊り下げ式にあって下方で変位が拘束されていない場合には、地震波に振り子としての周期に一致する長周期の成分があると、大きく揺れて塔身と衝突したりしますので、間隙が大きい場合は注意が必要となります。
上下動の影響
上下方向の地震動の影響については、各層の左右の剛性、重量分布が不均衡ですと屋根が回転する振動モードが励振されてしまいますが、ほぼ均等でしょうから、その影響は小さいでしょう。地震動に回転成分があると励振されますが、基壇の幅では上下方向の地震動の波形に位相差はほとんど無いでしょうから、回転成分はほとんど無く、したがってほとんど励振されないと考えてよいでしょう。 縦方向の振動モードが地震動と共振しますと、鉛直上向きの地震荷重が自重を上回り、層が飛び上がることを予想しえます。飛び上がったときには、心柱がガイドとなり、元の状態に復することが期待されます。多少の芯ずれはあるかもしれませんが、うまくいけば拍手喝采です。
五重塔は耐震設計の教科書
五重塔には、剪断変形、曲げ変形、並進運動、回転運動、ロッキング運動、連成振動、非線形振動、ホイッピング、がた、摩擦、塑性変形など、耐震設計の多くの要素が含まれています。ロッキング運動による免震、大屋根による制振、心柱による落下防止なども理に適ったことであり、新鮮な驚きです。
日本の伝統的木造建築は、鉛直荷重は基本的に柱の軸力で受ける構造になっており、大きな鉛直荷重を梁から柱に伝えるときは肘木が用いられ(梁に作用する圧縮力を分散する効果がある)、ほぞなどの局部に曲げがかかるようなことがなく、鉛直荷重に強いのが特徴です。五重塔には、水平方向の地震荷重を鉛直荷重に変換し、剪断力を低減する工夫が、二重、三重に施されているといえます。
しかし、腐食などで木材の劣化が進めば、地震時に発生する大きな鉛直荷重に耐えることが困難になります。五重塔が千年以上にわたって美しく荘厳な姿を保ち続けてきた裏には、地道な補修作業と解体修理があったようです(1)。
こうして考えてきますと、五重塔はまるで耐震設計の教科書のようであります。最適設計となりますと、梁などの支点の位置(固有周期に関係する)、塔身と心柱の間隙の大きさ(あまり狭いと柔構造の良さが失われる)、層間の剛性のバランス(バランスが悪いと変形、エネルギーが特定の層に集中する)など、考える要素が多く、なかなか難しいようであります。浮き上がりを生じたり塔身と心柱が衝突したりした後の過渡応答がどのようなものか、実際を知りたいものであります。
木製仏塔の技術は中国から韓国に、韓国から日本へと伝わってきました。同じ形式の塔は、戦禍などの影響もあって、両国にはほとんど残っていないようです。世界の文化遺産が、地震国の日本において、優れた耐震性をもって現存してくれているのは、ありがたいことであります。
参考文献等
本小論を書くに当たり、構造と文化・歴史については書籍(1)を、心柱を含めた振動性状及び屋根の回転のエネルギーの実際については文献(2)、(3)を、揺れの様子、固有周期の振幅依存性及び層の浮き上がりの実際についてはVIDEO(4)、文献(5)、(6)を参考にさせていただきました。これらの文献等がなければやじろべえ問題に取り組むことはできませんでした。著者、関係者の皆様に謹んで敬意を表します。
- 上田篤編 五重塔はなぜ倒れないか 新潮選書 1996.2
- 西川、西澤、国宝薬師寺東塔及び復元薬師寺西塔の振動性状の差異について、
日本建築学会構造系論文集 第601号、121-128、2006.3 - 西川、植森、西澤、振動観測に基づく国宝薬師寺東塔の耐震性能評価 その2)
振動特性から耐震性能を評価 - (独)防災科学技術研究所、NPO木の建築フォラム 五重塔振動実験VIDEO
- 河合、模型による五重塔の振動実験、
(財)建築試験センター建材試験情報 12、2005 - 千葉、藤田、模型による五重塔の振動実験 その2
五重塔の振動性状と心柱・相輪の有無による差、(財)建築試験センター建材試験情報 12、2006